今年は、越来村から市に昇格してコザ市が誕生した1956 年7月から65 周年を迎えます。市への昇格時、コザ市の人口は約3万5000 人でしたが、1974年4月にコザ市と美里村が合併して沖縄市が誕生した際は約9万7000 人、そして現在(2021年2月)、14 万2973人に伸びています。
 ますます発展していく沖縄市ですが、戦後75年を経て「コザ文化」と称すべき独特な雰囲気を醸し出しています。基地に隣接し、基地から派生するエネルギーを吸収しながら個性的な文化を育み、形成された「コザ」のまち。今日に至るまで個性的な文化をもつ「コザ」のまちはどのようにつくられたのでしょうか。
 ヒストリートでは、令和2年度第3回企画展として、「『コザ』のまちはどうつくられたか」を開催いたします。
 戦前、市内のほぼ全域が純然たる農村だった越来村は戦後、1950年代の本格的な基地建設によって一変します。仕事を求めて県内外から多くの人が移住し、のどかだった農村は急激な都市化を遂げました。移住者たちの米軍人・軍属を相手としたサービス業を基盤として栄えた越来村は「基地の門前町」として名を馳せ、那覇市に次ぐ県下第2位の人口を擁する中部の中心都市として発展していきました。そして1956年7月にコザ市へと昇格し、復帰後には沖縄市が誕生するのです。このようにダイナミックに動いていた1950年代前後に、わがまちの個性が形づくられていきます。基地から派生したアメリカ文化に大いに影響を受け、戦後の沖縄市は県内の他市町村にはみられない「コザ文化」「チャンプルー文化」と形容される独特な文化が創出されました。
 今回の企画展は英文資料や写真、新聞記事・図表を通して、台風と基地建設、歓楽街の成り立ち等を通じて、コザがコザらしくなる1950年前後を中心に、コザ市が誕生する頃までの様子を紹介しています。市民の皆さまが、本企画展を通して、独特な個性をもつわがまちの魅力を再発見し、新たな未来輝く沖縄市を展望いただければ幸いです。