沖縄が日本復帰を果たして今年は50周年を迎えます。
 沖縄戦終結後の27年に及んだ米軍統治、そして現在に至る復帰後の50年は沖縄市にとって、どんな時代だったのでしょうか?
 日本が独立し、沖縄が日本から分離されて米軍統治下に置かれた1952(昭和27)年4月28日のサンフランシスコ条約の発効、伊佐浜や伊江島に代表される50年代の大規模な土地接収を可能にした「土地収用令」(1953年)発令の歴史的背景、基地の街の事件・事故、ベトナム戦争と沖縄、復帰協の結成、大衆運動、ドルから円へ通貨交換、そして全軍労闘争や「コザ暴動」等々、多様な角度から「復帰」を考えていきたいと思います。
 相変わらず常駐する米軍基地と兵隊たち、そこから派生する様々な問題。昨今の米兵たちが起こした事件や事故を鑑みると、全く変化がないように思えます。
 また「本土化」の波は、政治、経済、社会等、沖縄の各方面に大きな影響を及ぼしてきましたが、それでも失ってはいけない大事なこともたくさんあります。
 わが街の戦後史もその貴重な沖縄の財産のひとつです。
 本市は米軍基地の影響下において形成されたまちで、沖縄史上、類を見ない都市形成の歩みをたどってまいりました。しかし、その内実は異文化を吸収しながら独自の文化を編み出してきた沖縄の伝統そのものでもあります。
 沖縄市は、今後とも、こうした魅力あふれる沖縄戦後の歴史や文化の解明に努めるとともに、わがマチらしい情報発信に鋭意努力してまいります。